toshimichanの日記

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背負い坂

僅か半年の同棲をして、

別れてしまった彼女。

 


早苗の思い出です。

 

 

 

銀杏の鮮やか新緑を水銀灯の

鋭い光が突き抜けて降り注ぐ。

 


まだ、肌に刺さるような冷たさが

残る夜風が葉を揺らしアスファル

トの路面で影が踊ってた。

 


淡い血管が透き通る様に見える

白い素足が、路面で踊る影を

止められずに踏んでいた。

 


見るからに寒そうな生足が、

水銀灯の鋭い光に照らされて、

綺麗な形の良いふくらはぎが、

小刻みに震えている。

 


そう言えば俺は、この見事な

曲線美を描くふくらはぎの美しさ

に何度も魅了されていたのだった。

 


ちょっと待ってよ。

ちゃんとお見送りをするから、

一旦、部屋まで戻って。

お洒落な服に着替えて、

しっかりとお化粧もするから、

とりあえず部屋に戻ってよ。

そこから、これのやり直しね。

お願いだから。

 

 

 

靴を履く間も惜しんで、慌てて

玄関を飛び出して来たらしく、

裸足で俺を追い掛けて来た彼女は、

下着も着けていない部屋着のまま

の姿だった。

 


人通りなど全くない午前0時半過

ぎ。

住宅街の中央を走る、街路樹が永

遠に続いてる幹線道路にすら交通

量は少なくなっていた。

 


話は、もう充分にし尽くしたよ

ね?

今更、こんな場所まで追い掛けて

来て何がしたいんだよ。

 


寒そうに手を擦りながら、上目遣

いで困り顔を向ける彼女。

 


でも、最後位はちゃんと、お見送

りしたいの。

こんな格好で、さよならするなん

て酷すぎるでしょ。

 


明らかに、外出をする様な格好で

はなかった。

 


同棲を始めて昨日で丁度半年の

区切りの日だった。

 

 

 

最初の一ヶ月で彼女がボロを出し

始めて、片付けられない女だと

知った。

 


それでも最低限の、自分の身の

回りのゴミだけは処理してね。と

お願いを繰り返したりもした。

 


脱ぎっ放しの洋服をクローゼット

に片付け、汚れて放置してある

下着を拾って洗濯をした。

ガチャガチャなドレッサー周りを

整理したり、バラバラの靴を揃え

たりもした。

 


酔っ払った彼女を迎えに行った

時は、ベッドでご機嫌な彼女を

着替えさせて、化粧を拭き取り、

生理中は下の交換までしてあげた。

 


それでも俺は、彼女の必死な甘え

方が好きだった。

俺へのすがる様な愛情が可愛

かったから許せていたんだ。

 

 

 

この一ヶ月前に今日の日にち

までを執行猶予としてお願いを繰

り返して来たのに、

何も変わらず、何も歩み寄らない

ままに、今日の午前0時を迎えて

しまった。

 

 

 

この緩い下り坂を歩いて行けば、

20分で駅に着く。

歩いている内にタクシーが

捕まるか、駅で乗れるのかは

運次第なのだが、いずれにせよ

家に着くのは2時は過ぎて

しまうのは覚悟はしなければなら

ない時間だった。

明日の事を考えれば、出来るだけ

早く帰宅して睡眠時間を稼いで

置きたかった。

 

 

 

こんな時間なのに、

なんでそんな格好で飛び出して

来るのさ。

せめて靴位は履いて来るだろ。

てか、今更その必死さはなんでさ。

 


俺は彼女のそんな無計画な突飛さ

も実は好きだった。

だけど、場当たり的な思い付きで

行動をするから、周りを振り回す。

それで周りを動かしてしまうだけ

の魅力を彼女は持っているの

だった。

 

 

 

この半年間に俺はこの坂道を何回、

酔っ払った彼女を背負って昇った

事だろう。

 


駅近くの飲み屋でしこたま飲んだ

挙げ句に彼女の友達から、

「お迎えをお願いします。」の

連絡を貰って、この坂を下り、

ご機嫌で陽気な彼女を背負って、

何度も何度も昇って帰った。

 


実は、それ程までに酔ってはいな

かった事も何度かあった。

楽しそうに、その日の出来事を

話す彼女。

嬉しそうに背中にしがみついて

首筋に頬擦りをしながら、

ぶつくさと何かを呟いていたり

してた。

 

 

 

素足の彼女が妙に寒そうで、

俺は仕方なくしゃがみ込んで、

「これが最後だよ。」と

背を向ける。

 


何度も、彼女を背負って昇った

この坂道。

 


すすり泣く彼女を背負って、

この坂道を昇ったのは

それが最初で最後だった。