toshimichanの日記

ブログの保管所

早苗

いつもと違う筆圧の高い丸文字が、

丁寧に並んでいた。

夕暮れの茜色が射し込む窓際の

机上には、何枚かの便箋だけが

重なり、

ムッとした熱気で部屋全体が

揺らいでいるように見えた。

 


視線を便箋に落とすと、

見慣れたはずの丸文字は、

硬い表情を隠しきれずに

俺に語り掛けている。

窓を開け放つ手が便箋に添えられ、

文字を追う視線が止まらずに

立ち竦んでしまった。

 


確かに彼女は、あらゆる場面で

ルーズだった。

片付けが苦手で掃除が嫌いだった。

料理も火事の危険性を感じたので、

二人で居る時以外は禁止した。

食器は小まめに洗わないし、

ゴミも纏める事をしなかった。

 


しっかりと化粧をしてお洒落を

していれば、

清楚で可愛い女の子なのに、

実際の私生活は落差が大き過ぎる

女の子だったのだ。

その為に、彼女と暮らし始めてからの俺のアパートは、

あらゆる物があちらこちらに

散乱する様になり、

仕事から帰って来てからの片付けに

一苦労する様になっていた。

 


それでも一緒にいる時間は、

言いたい事を言い合って

楽しく笑いながら過ごしていた。

愛しているなんて重たい

感情ではなく、

気の合うセフレと同居をしている

感覚で、お互いが都合の良い関係で

共同生活をしている積もりだった。

なので、彼女の欠点と言うか、

短所でもある片付けられない事に

対しては、殆んど責めた事は

なかったはずなのだが、

それに付いては、流石に彼女自身も

自覚はあったらしく、

自らを責めるような言動は

時より見せていたのだった。

 


一人で住むには、ほんの少し

広めではあるが、二人分の家具や

生活用品を揃えられるほどの広さは

ない俺のアパートは、

私物が少ない彼女が転がり込んで

来ても不自由を感じるほどでは

なかった。

一緒に暮らし始めてから

買い揃えた、彼女用のタンスや

姿見やドレッサー等の幾つかの

家具類や小物類はそのままで、

相変わらずドライヤーや下着は

散乱したままで、持ち主の

彼女だけが消えていた。

このまま戻らない積もりで

いるのだろうか?

便箋を読み進めて行く内に、

幾つもの誤解が、この生活の中に

蠢いていた事に気付かされるの

だった。

 


便箋には先ず、俺へのお礼があり感謝があった。