toshimichanの日記

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寸劇

閉まったドアに

パーの手の平を貼り付けて、

 


「さようなら、ありがとう。」

唇がそう動いている。

 


応える言葉が見付からず、

上手に笑顔が作れない。

 


いいや、

こんな時に笑えないのを

知っているはずだから。

 


唇が震えて歪んでうつ向いて、

それでいて、

確りと瞳は俺を見据えている。

 


グーになった拳には、

薬指のリング跡が

刻まれている。

 


この四年間の全ての出来事を

結んだ手の中に握りしめ、

白いリング跡から

零れ落ちる想い出が、

ガラス越しに揺らいで見える。

 


一生懸命に笑顔を作ろうとしても

どうしても、

口角の両端がそれを許さない。

 


笑顔なんて作れやしない。

 


潤んだ視線を逸らさずに、

最後の仏頂面を投げ掛けた。

 


「ばか」

 


少し笑えた。

 


「・・・」

唇が俺の名前に動いてる。

 

 

 

各駅停車が、

定刻通りに動き出す。

 


とうとう、

その瞬間が訪れて、

浅い呼吸で吐く息が

ため息にすらならない。

 


睨み付けてるかの様な表情は、

悲しさと後悔を隠したいから。

 


ポケットから手も出せず

一歩すらも歩めずに、

二人の間に動き出した時間を

立ち尽くして噛み締めた。

 


それまでに、

こんな場面の覚悟など

全くしていなかった。

 

 

 

 


四年の絆を何処かで信じてた。

 


戻れなくなったのではなく、

戻らないのがお互いの為だと

気付いて意地を張った。

 


分かっていた。

 


それが本心ではない言葉だと。

 


それはまるで

ドラマのワンシーン。

 


後戻り出来ない決め台詞が

意図もなく吐き出せて、

そこから先はシナリオ通りの

表情を作り、

冷静で落ち着いた

お別れの名場面を、

二人で演じ続けた。

 


そんな猿芝居。

 


素直になったら負け芝居。

 


演じ続けて、

 

 

 

 


ホームに立った。

 

 

 

だから、

追えなかった。

 


追わなかったんだ。

 


走りたかった。

 


最後だから

ちゃんと見送りたかった。

 


嘘だよ、

もう一度やり直そうよ。

 


そんな一言を

言い出せなかった。

 


言わなかった。

 


ありがとう、さようなら。

ではなくて

止めようよ、ごめんなさい。

 

 

 

意地でもなく嘘でもなくなった

偽芝居は、

間違ってはいないはずだから。

 

 

 

二人の時間は、

二つの時間を刻み始めた。

 


遠ざかる列車の後ろに、

エンドロールの走馬灯が

流れ出す頃に、

 

 

 

なんど、どれだけ

呼んだか分からない

彼女の名前を

 


声に出して呼んでみた。

 


途端に、

電車の姿が歪んで流れ、

堪えていた何かが

堰を切って溢れ出した。