toshimichanの日記

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永遠

寂しさの余り
つい声に出して
その名前を口にした。

誰も居ない砂浜に
染み込む波のざわめきにまみれて
自分のその声が
思いの外
耳に響いた。

街から流れくる微風は
背中を優しく撫でながら
その名前を海へと運んだ。

まるで
そこに彼女が居るかの様に、
もう一度その名を呟けば、
丸くなりかけの月に笑顔が映り、
水面の月明かりを
渡り歩いて来る彼女が
見える様で余計に
苦しくなった。


高校生だった彼女も、
病に犯されてさらばえた彼女も、
この月明かりの様に
明るく素直で真っ直ぐ
俺に向かって輝いていた。

裏表もなければ、
駆け引きもない。
ただ真っ直ぐに真正面から
俺を求めてくれたし
尽くしてくれたし
自らを差し出してくれた。

受験勉強に明け暮れていた毎日は
セックスの毎日でもあった。
教科書や参考書を枕にして
どちらかが取り残される事なく
とことんやりたいだけやり捲り
邪魔な性欲を刈り尽くしてから
またペンを握り机に向かった。

再会を果たしてからも
労りを込めた
でき得る限りの情熱で
その当時の激しさを重ね様と
試みていた。

それでも、所詮は
二人で過ごして来なかった歳月は
今更、埋められはしなかった。

余りにも長い月日が過ぎ去り
そこにはお互いの半生が
標されてしまっていて
時を戻す魔法など
使えるはずもなかった。


踏みにじるしかなかった
彼女の願い。


叶えようのない自分の望みを
彼女は毒の様に飲み込んで
困らせまいと歪んだ笑顔で
俺との時間を過ごしていたんだ。

高校生だったあの頃の身体とは
全く別人の細く骨張った体が
あの頃と同じ様に絡み
同じ様に語り掛け
空白の年月の悔しさを募らせた。



再会の時に、
あの時に「さよなら」を
言わなかったのだから
まだ別れてなんていないんだと
言い張って、
若かった頃の過ちを蒸し返しては
漆黒の後悔の淵にさ迷っていた。

お互いに浮気をして来たけど
こうして
また出逢えたのは
やり直しをするべきなんだと
独り言の様に語っては、
現実の我が身を呪っていた。

自分の死期を覚った彼女は、
口癖の様に言っていた
「冥土の土産」を口にしなくなり
「幸せなんだもんね」と
俺に尋ねながら
自らに言い聞かせ

それからの
連絡を徐々に遠退かせ

影を薄めながら
また去って行った。

同じ様に今度もまた
「さよなら」を言わずに。



思い出す事を
封じてもいなかったから
忘れてはいなかった。

かと言って、
思い出す以上の
リアクションもしなかったし
アプローチもしなかった。

多分、それが
二人最良の在るべき姿。

今までが、そうであった様に
これからも、そうあるべきであり
それが二人で出した結論だった。


無理に思い出にすり替えて
心の奥に仕舞い込んだんだ。

確かに
人はいつかは必ずこの世を去る。
俺の人生の中で、
袖触れ合った
多生の縁のあった彼女達も
俺よりも先に
逝ってしまう事もあるのだろう。



なんて愚かだったのだろうか。

大病を患い
奇跡的に生き長らえて
やっと叶えられた願いを
我儘として
彼女らしく
通さなかったのだろう。


なんて愚かだったのだろうか。

敢えて病院での診察結果を
尋ねる事を避けて、
彼女の健康面から目を逸らせ
身勝手に
自分を守っていたなんて



お互いに分かっていたはずなんだ。
俺にはなんの不満のない家庭があり、
彼女には、
そう長くはない時間しか
残されてはいない事を。

だからこそ、
本心など言葉にする事は
タブーだったし、
確かな約束でさえ
口約束にもしなかった。
けど、その気持ちは、
言葉にするまでもなく
無理に作った笑顔には
言葉以上に痛みが現れていたんだ。

比べられない「大切」が
どちらも
俺自身を構成している心。



分けて頂いている時間が
私には生き甲斐になっている。
だから感謝しても感謝し切れない。

そんな言葉を
俺は言い訳にして
大切の名の元に彼女に寄り添って
嘘っぱちの夢を演じていたんだ。


正しいのか正しくはないのか?
そんな二択に答えなんかはないんだと
割り切れるはずもなく。

彼女と共に過ごした高校時代は
確実に今の俺の成り立ちであり
俺の一部。
彼女に取っての高校時代は
彼女の全てであるかのように
俺でできていると語ってた。

それを嘘だと
笑い飛ばせる俺であったら
再会も懐かしむだけで
終われたはずなのに、
再会の時点で、
俺を一番必要としている彼女が
目の前に表れてしまった。

変わり果てた姿の中に
高校時代のそのままの彼女がまだ
手に取るように生きていた。

時間がお互いの容姿を
どんなに変えようとも
途切れたあの時間に
また再び結び合わせる魔法が
二人には使えてしまったんだ。





風が波を追い返す様に
吹き続けている。

だけど、
他のその彼女達とは、
決定的に違っているのは、
偶然の奇跡的な再会をして、
また幾ばくかの睦合いを経てから
未練を残したままで
ちゃんと
お別れをしなかった事なんだ。


駅のホームで
「ありがとう」の
言い合いっこをして
ちゃんと手も振らずに
電車を見送ってから
流れ出した時間は
積もり重ねて長い歳月となった。




取り返しの着かない



永遠は・・・・・