toshimichanの日記

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その名は、

先ほどテレビを視ていたら、とある大物お笑い芸人が、工業高校の機械科卒業だと自分の事を卑下するような発言をしていたんだ。

そっか、工業高校の機械科ってのは一般常識的には恥ずべき経歴なんだよなって、改めて心に留め置く事が出来た言葉だった。

時代背景としては、その芸人さんよりは遥かに昔の、暴走族が全盛期だった頃の時代だったので、確かにクラスの三分の一位は、学校があった地域の暴走族に所属していたか、またはその予備軍だった。

そんな中、俺もご多分に漏れずにバイクには乗ってはいたのだが、いわゆる族には所属しておらず、ただ単純にバイクが好きで乗っていただけの奴だった。

まあ、そんな族にも入らないで、ただのバイク乗りがクラスの中で孤立せずに生きてこれたのは、真面目ではないくせに多少勉強の成績が良かった事と、その当時は父親の仕事の手伝いをしていたので、腕が太くてムキムキしていた事。

 


そして何よりも、工業高校の男子校に於いてそこそこ可愛い彼女がいたってステイタスは大きな要因だったのは間違いなかったはず。

やさぐれたモテない男どもばっかりの武骨な世界観のその中では、彼女と言う存在がいて、その女と話し、その女に触れ、キスやそれ以上の事が出来る奴って言うのは、羨望の眼差しが集中するのだ。

 


おそらく彼らは、そこまで生きて来た人生の中で、自分の彼女と言う存在を持った事がなく、女に対しての免疫を全く持っていないのだ。

 


だからと言って、そんな彼らに男としての魅力が無いわけでもなく、人間性として俺よりも劣っていた分けではないんだ。

 


みんな、そのチャンスや偶然や環境に遭遇して来なかったり、それを生かせなかっただけで、それは正に運でしかなかったんだろうと思う。

 


そして何よりも、俺の見た目の雰囲気とは相反して半袖になった時の腕の太さは、ある種の威圧感になっていたのだろうと思う。

なので、喧嘩を売って来る奴も居なかったし、つっかかって来る奴も居なかったんだ。

 

 

 

 


そんな青春真っ只中を一緒に過ごした彼女の名前はあゆみ。

 


二年生の頃に、卒業して行った先輩達の就職先の一覧が掲示板に貼り出されて、それを見た俺は、工業高校の就職先とはこんなモノなのかと、改めて己の置かれている立場に気付かされてしまったのだ。

そこに貼り出された数々の会社名の中には、どれ一つとして自分の知っている有名な会社名がなくて、資本金や社員数をみても町工場の域を出てはいなかったのだった。

その時に、一瞬にして将来が見えてしまった。

 


あゆみとは、それなりに真剣には付き合っていたので、彼女との将来とかも頭の中には描いていたのだが、

彼女は当然の様に大学へ進学する積もりで高校に通っていたので、そこに来てこの俺が町工場で油まみれになりながら安月給で鉄物を機械加工しているのでは、彼女に似つかわしくないよな。

仕事終わりの汚い作業服のままで、綺麗に着飾った女子大生となんかデートなんて出来っこないよな。

と、数年先の自分の姿を想像してしまい、一念発起をしたのだった。

 


工業高校機械科はなんせバカ。

卒業生の中で2~3人しか大学になんて進学しない世界。

学校で受験の為の勉強など教えてくれるわけがない。

先生もバカ。

 


俺はあゆみと一緒にひたすら勉強に明け暮れた。

 

 

 

当時の俺の部屋は、物置小屋を改装した六畳よりも少し広い離れが庭の端っこに建っていて、そこを自分の部屋として寝泊りしていたので、学校から帰るとそこにあゆみと二人で閉じ籠り、ひたすら勉強とセックスに明け暮れた。

学校から帰ると、夕方から夜中まで二人っ切りでやりたい事をやるだけやって、バイクであゆみを自宅まで送って行く。

そんな生活を暫くしていた。

兎に角、大学に入って町工場への就職は避けたかったし、あゆみとも近い将来大学生として付き合いを続けていたかった。

 


出来る限りの勉強をした。

勉強を教えて貰った。

 


やりたいと思った瞬間には、躊躇わずにセックスをしていた。

あゆみも、ふとした瞬間にキスをして来ては、俺に股がり、自分の欲望を抑える事なく自由に俺を使っていた。

性欲に勉強を邪魔されるのを避ける為に、出来るだけ空っぽにして置きたかった。

 


それが逆に、勉強の効率を上げていたのだと思う。

やりたい時にやれる相手が目の前にいて、好きなだけ好きな様にやり捲れる。

性欲に邪魔される事なく、好きな彼女と難しい問題に挑戦して理解して行く。

解らない問題を二人で考え、悩みながら解いて行く。

おっぱいを触りながら、握り締められながら。

難問が解けた時には、全く性欲などとは関係なく祝杯を上げるかの様にセックスをしたりしてた。

 


真夜中の帰り道、バイクのバックシートに股がった彼女が、力一杯に抱き付いてヘルメットを首の後ろに押し付けて来る。

ほぼ毎日の出来事であっても、家に帰さなければならない寂しさには慣れなかった。

 


何もかもが彼女一色に染まりながら、必死になって受験資格を取る事に専念していた。

 


俺は彼女のお陰で大学に入る事が出来たんだ。

本来ならばその感謝は、どんなにし尽くしたとしても足らないくらいの感謝をしなければならない筈だった。

だけど、この俺は、

彼女が恋人だったからなのだろうか?

余りにも身近で当たり前の存在になり過ぎてしまっていたのだろうか。

 


確かに感謝はしていたんだ。

もの凄く有り難いとも思っていた。

 


だけど、俺の入れた大学は近場ではなかった。

ちょこちょこと豆に会える距離ではなかった。

しかも、田舎町の下宿暮しでデートなどをする場所も限られてしまっていた。

もちろん、気軽にセックスをする場所などなかったし、お泊まりに来てくれても息を潜めて静かに抱き合っているのが精一杯の環境だったんだ。

お金と時間を掛けて、わざわざ遠くから来てくれた彼女に、俺は何もして上げられなくなっていた。

 


華やかな都内の大学に入れた彼女は、高校時代の俺の彼女だった女子高生から、お洒落な雰囲気を身に纏った素敵な女子大生に変身をして行ってしまった。

そんなお洒落で都会的な女子大生が、各駅停車しか止まらない田舎の駅に降りたって、パジャマだかなんだか分からない様なスウェット姿の汚い俺に会いに来てくれるなんて。

しかも、何処かに出掛ける事も出来ず、キスさえも簡単には交わせない下宿暮しの生活環境の中では、

お互いに疲れてしまったんだと思うんだ。

 

 

 

 


だってバカなんだもん 3

 


その日の午後は、やけに夕陽が眩しくて田舎の寂れた駅舎の向こうには、果てしない畑が広がり、遥か遠くの山々の谷間に、まだ茜にも染まり始めていない太陽が、俺を嘲り笑うかの様にゆらゆらとくゆっていた。

「今まで、ありがとね。」

ありがとうの声が二人同時に口から解き放たれてハモっていた。

お互いが見つめ合い、笑い声を挙げお辞儀をする様に前屈みになっていた。

駅のホームで電車を待つ女子高生が振り向いて、笑い会っている俺達を怪訝な顔して見ていた。

彼女の明るいオレンジ色に近い黄色いワンピースは、このド田舎の町並みにはかなり浮いていて、それに寄り添っていた俺は、見事にこの町の大学生らしさ満載の廃れたスェットにサンダル履きで、都会と田舎のアンバランスが不協和音を奏でていたのたろう。

このアンバランスなカップルの笑い声が、かなり滑稽だったのだろうか、恐らく部活動の練習に隣の駅にある高校へと行くのであろう、制服姿の女子高生はフルートだかクラリネットだかのケースを抱えて、しっかりと俺達を眺めているのだった。

彼女との別れの印象的な瞬間に、偶然に居合わせたその女子高生は、この光景を奇跡的にも記憶に留めていた事は後の物語へと発展して行く事になります。

 

 

 

電車がスルスルとホームの端っこから滑り込んで来るのが見えていた。

 

 

 

 


俺の勉強部屋は母屋から10メートルくらい離れた物置小屋を改造した、独立個室。

そんな密室に籠って二人きりの勉強会を催して過ごした彼女。

夜の帰り道はバイクの後ろに乗せて、背中にピッタリと温もりを伝えながらしかみ着き、家まで送ってた。

何度、そんな時間を彼女と重ねたのだろうか。

家の前での「お休み」の笑顔が、滅茶苦茶に可愛いかった。

セックスで疲れ果てた瞳が色っぽかった。

始めて会ったのは、学校帰りの駅前で待ち伏せをされて、名前を教えて欲しいと、半ば強引に脅されているかの様に迫られた。

苺が好きで、ニンニクが好きで、ネコが好き。

犬な苦手で、林檎の歯触りが苦手。

映画やテレビドラマでマジ泣きするし、歌声が透明で心に直接訴えてくる切なさを持っている。

 


彼女との数え切れない思い出が、電車の動きを止めているかの様に脳裏を横切っていた。

彼女に出逢えたからこそ、今の俺は、このホームに大学生として立っている。

この可愛い彼女が、ここに居る俺を作ってくれたのだ。

彼女がこの電車に乗り、去って行ってしまえば、脳裏の思い出は本当に思い出になり、二人の物語は終わりを迎えてしまう。

言葉が出て来なかった。

要らなかった。

見つめ合ったまま無言で行動していた。

 


やがて、二人の間を遮るドアが隔てて、無機質なベルが鳴り響いた。

真っ白な糸が心の中で、ブチッと音を立てて引きちぎられた。

軽く手の平を俺に向けて小さく振りながら、ゆっくりと視界から流れ出す彼女。

 


悲しみは、この決断は間違えではないのだと胸の奥に何度も何度も言い聞かせなければ、俺を押し潰そうとしていた。

痛みは、これで彼女が自由になれて、もっと素敵な男に出会えるんだ、新しい出逢いに向かえれるんだと言い聞かせなければ、とてもその場には立っていられない程の激痛になっていた。

 

 

 

 


寸 劇

 

 

 

閉まったドアに

パーの手の平を貼り付けて、

 


「さようなら、ありがとう。」

唇がそう動いている。

 


応える言葉が見付からず、

上手に笑顔が作れない。

 


いいや、

こんな時に笑えないのを

知っているはずだから。

 


唇が震えて歪んでうつ向いて、

それでいて、

確りと瞳は俺を見据えている。

 


グーになった拳には、

薬指のリング跡が

刻まれている。

 


この四年間の全ての出来事を

結んだ手の中に握りしめ、

白いリング跡から

零れ落ちる想い出が、

ガラス越しに揺らいで見える。

 


一生懸命に笑顔を作ろうとしても

どうしても、

口角の両端がそれを許さない。

 


笑顔なんて作れやしない。

 


潤んだ視線を逸らさずに、

最後の仏頂面を投げ掛けた。

 


「ばか」

 


少し笑えた。

 


「・・・」

唇が俺の名前に動いてる。

 

 

 

各駅停車が、

定刻通りに動き出す。

 


とうとう、

その瞬間が訪れて、

浅い呼吸で吐く息が

ため息にすらならない。

 


睨み付けてるかの様な表情は、

悲しさと後悔を隠したいから。

 


ポケットから手も出せず

一歩すらも歩めずに、

二人の間に動き出した時間を

立ち尽くして噛み締めた。

 


それまでに、

こんな場面の覚悟など

全くしていなかった。