こうなるべきだと、ずっと以前から考えていた。
そう、どう見ても俺には似つかわしくない相手だったから。
「愛人」と言うよりも、世間的には寧ろ親娘のように見えていたんだと思う。
なので、街中を歩いている時に手を繋いでいる事が妙に不自然に感じていたんだ。
時には、俺の腕を抱くように両腕で包み込んで体をくっ付けて歩いていた。
上腕の辺りが胸の谷間に収まって柔らかさがリアルに腕に伝わり、手のひらが下腹部の近くで行き場に困っていたんだ。
そんなベタベタとした不自然な男女なんかが親娘になど見えている筈もなかっただろうに。
「枯れ専」と言う言葉がある。
いわゆる高齢者を好む性癖?
性癖ではないのかも知れないが、好きになってしまう?
恋愛対象としてではないのだろうが、とりあえず一緒にいる時には普通に彼女として振る舞ってくれたんだ。
恋人の様に、彼女の様に、愛人の様に。
彼女は決して若いと言われる様な年齢ではなかった。
アラフォーと呼ばれる、いわゆる成熟した大人の女性なので、世間的には彼女に対しては女の子とは呼びはしないのだが、
俺の年齢からすれば、それくらいの年頃の娘がいたとしてもなんらおかしくはない年齢差だったんだ。
だからと言って、そんな親娘ほどの年齢差がある男女がベタベタして歩いていたからと言って、それを親娘と思ってくれる人など街中には一人もいないはず。
かと言って、彼女が商売女らしく見えるのかと言えば、
その辺の所は、俺にはなんとも言えなかった。
ベタベタしてくれるのは凄く嬉しいのだけれど、人前では普通に並んで歩いた方が、変な気を使わなくて済むんだけど、
嬉しそうにくっ付いて来られてしまっては、それを嫌だとも言えなかった。
何故なら、彼女は可愛いかったんだ。
可愛いくなったんだ。
俺からしてみれば、正に娘世代の女の子だった。
一般的には女の子なんて言える年齢ではないのは、十分に承知している。
けど、俺に取っては、可愛い女の子だったんだ。
ああして欲しい、こんな事をされたい。
もっと、深い世界を知りたい、行ってみたい。
貴方に連れて行って欲しい。
と、甘えてくれたんだ。
甘える事に勇気が要らなくなってくれたんだ。
今でずっと孤独に生きて来たんだと何度も話していた。
最初の頃には、ぎこちない笑顔が泣き顔なのかと勘違いしてしまうほどに、楽しそうに笑う事が下手くそだったんだ。
ただ笑って欲しかっただけだった。
笑顔が見てみたいと思っただけだったんだ。
泣いてばかりだったから、
泣いている隙間に、ちょっとでも笑える出来事を挟む事が出来れば、
彼女が自分は笑えるんだと自覚が出来れば、笑う為の努力をする様になれるって信じた。
悲しみが無くなる分けじゃないけど、
孤独を忘れ、辛い事から目を逸らせる分けじゃないけど。
下らない事、つまらない事、面白い事、楽しい事に目が向く様になるんだ。
こんな俺が、何かをして上げられるなんて思っていなかった。
悲しみも苦しさも、どうにか出来るなんて大それた事なんか出来やしない。
ただ、
笑ってくれないかな?
どんな笑顔なんだろうな?
それだけだったんだ。
やがて
恋をしてみたいと言い出した。
愛される経験をしたいと言い出した。
女としての幸せを知りたいと言い出した。
それは、
俺にはどうする事も出来やしなかったんだ。
恋愛なんて、たまたま偶然に出逢った二人で簡単に出来るモノじゃないし。
況してや、守備範囲を超えた立場と年齢差は同じ空間に存在すらしていない世界観の中にいるのだから、交わる部分など一つもありはしないんだ。
それは、俺にはどう転んでも叶えて上げられない願いだった。
時に人生には、大きな落とし穴があるのかも知れない。
俺には、家庭があった。
妻がいて子供がいる。
妻を愛している。
俺には取って掛け替えのない、何よりも大切な妻と子供がいる。
一生寄り添うと違って、もう半分位の人生を共に生きて来た大切な妻がいるんだ。
多分、独特で特殊な生き方をして来たのだと思う。
他人の事をとやかく言える様な生き方をして来た俺ではないけれど、
彼女の育って来た環境、三十路過ぎるまで過ごして来た家庭や身の回りの社会が、俺には理解し難い仕組みだったんだろうと思う。
俺を一人の男として、身近にいてくれる男として見てくれる様になってくれたんだ。
俺が彼女の恋愛欲の中に映し出されてしまったらしいのだ。
彼女の性欲に触れてしまったらしい。
何年間も付き合って、
笑ってくれる様になった。
拗ねる様にもなったし、ぶつぶつと不満を呟いたり、我が儘も言う様になった。
「こんな女なのだから、貴方に寄り添って普通?の幸せなんかを保ち続けられる訳はない。」
彼女自身も、自分が普通ではない女なんだと自覚はしていたんだ。
だから、
「貴方を困らせたくはない。」
そこに集約された二人の答えは、
別れるしかなかったんだ。