そう、母親は必ずしも味方ではなくなる時がある。
と言う話しです。
俺は旧家の長男。
先祖代々の本家の長男に産まれてしまったので、家を継がなければならないと、子供の頃から言われて育って来た。
つまり、お嫁さんをこの家に迎えて、ここに住まなければならない運命を背負わされていた。
と、言う事は、
両親と同居と言う結婚条件が子供の頃から俺には課せられていたのだった。
よって、結婚相手の女性の家に婿入りは出来ないって事。
一人目の女性は家柄の差が理由だった。
相手の女性は婿養子を探さなければならない立場で、俺と遊んでしまって、ついつい本気になってしまったのだが、
けど、彼女の家柄も総本家。
三つ葉葵の家紋を掲げてる様な家構え。
思わずひれ伏してしまいそうな、
由緒正しい、「寺かよ❗」と
突っ込みたくなるような「おうち」
だった。
そんな立派なお嬢様となんか釣り合う分けがない。
釣り合わないなんて理由で、俺もあっさりと諦めたんだけどね。
そして二人目の彼女との結婚が出来なかった理由は俺の両親の性格だね。
何がどうして、何処がそんなに気に入らなかったのか、全くもって理解で出来なかったが、ひたすらに反対されたので、「嫁いでも良いよ、結婚できるのなら。」
とまで言ってくれていた彼女は、
「せめて、望まれて嫁ぎたい」と
ぼやいていたんだけど、
結論は、、、判らないんだ。
自分の不注意で、怪我をしてしまい記憶を失うという惨事を起こしてしまった。
三人目は、個人の総合病院の一人娘で、彼女
も医学部を出て研修まで終らせた女医さん、、のなり損ない。
つまり、彼女のお相手はお医者様でなきゃダメだったんだよね。
まぁ、これは俺の責任だな。
とまあ、3人と結婚し損なって、
現在の家内に落ち着いたんだけどね。
前のブログにも書いたけど、このカミさん。
母親と名前が同じなんだよね。
つまり、同姓同名になったわけだ。
いや、マザコンじゃないですよ、俺は。
自分の友人の中に母親と同じ名前の女の子がいただけで、
たまたま、その子と気が合っただけで、馴れ合いや勢いで、そんな仲になっちゃって。
終わった後で、
「妊娠したらどうしよう」とか言い出したので、半分は冗談で、半分は責任なのかな?
「結婚しちゃえば、いいじゃん!」
軽はずみな感じの一言で、えっ!そうなの?
私で良いの?と、ニコニコ顔で当人同士の婚約が成立して、
流石に4人目ともなれば、両親も反対仕切れなかったようで諦めた。
で、結婚しちゃった。
そうこうして、時が経ち。
母が高齢になり病気を煩い、入退院を繰り返す様になったんだ。
カミさんは弱って行く母親の面倒を良く看てくれてた。
けど、嫁は嫁。
いくら甲斐甲斐しく世話をしようとも他人なんだ
体の自由が効かなくなって行く不安や不満は嫁に当たったりしてたから、俺は、
母か嫁かの味方を迫られたけど、
俺は無条件でカミさんの味方を選んだんだ。
病人の我が儘は、特に年寄りの我が儘なんかをまともに請け合えるわけがないからね。
嫁さんを選んだと言うよりも、母親の我が儘や小さな嫌がらせから嫁さんを守ったって感じかな。
やがて母の病状が徐々に悪くなって行き、入退院をくり返す様になって、
とうとう入院したままになってしまった。
病院では、身の回りの世話をしなくて済む様になったので、二人の姉が甲斐甲斐しく見舞いに行き始めたのだった。
専業主婦の姉達は、昼間には時間があったにも関わらず、母親が家にいる頃には世話をしてくれた事がなかった癖に、入院した途端に話し相手としてちょくちょくお見舞いに通っていたのだった。
病院での入院生活は退屈の一言。
話し相手になってくれる、自分の娘達の有り難さ。
来る日も来る日もカミさんや俺の悪口を言ったり言われたり。
その他の親戚にもある事、ない事が吹き込まれて行った。
鬼嫁に心を奪われて、母親を裏切り捨てた駄目息子。
嫁の言いなりになった親不孝者。
姉達の母親に対する洗脳は完璧に遂行されて行った。
俺は本家の長男。
家を継いだ男。
だけど母のお葬式の喪主は姉だった。
母親の残した遺言書に従って、葬儀は行われた。
下の世話一つ、どころか、夜中に起こされる事もなければ、洗濯物一つ洗った事のない姉達。
風呂場でのそそうの後始末やご飯が不味いと言って吐き出した食べかすの片付け。
あれが食べたい、これが食べたいと言われては、買い物に走って行ったりしてくれてた俺の嫁さん。
それに比べて、
昼間の暇な時間にいそいそと面会に行って、弱った母親に血の繋がった実の娘の有り難さを説いて、嫁の非道さを語り掛けて母を洗脳してしまった姉達とは、
ほぼ絶縁状態ですけど、
それをつくり出してしまったのは、
誰でもない、俺と俺の母親なんですよね。