toshimichanの日記

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その直後

自殺を考え、

自殺すら考えられなくなり、

ぽつんと独り部屋の隅っこで

膝を抱えて過ごしてた。

 


暮らして来た生活を思い出す訳でもなく、

思い出を反芻するでもなく、

何を食べ、何時トイレに立った

のかさえ全く覚えていないし、

何日間そうしていたのかも

記憶に残っていなかった。

 


朝日が射し込み、街明かりが瞬き、

漆黒の夜空になり、赤黒い夜明けが

訪れる。

繰り返されていたはずの毎日は、

俺の前だけは通り過ぎずに汚く淀んで

足下に腐れ落ちては積み重なって

行った。

 


悲しくもなければ、寂しくもない。

心も感情も軋む事なく、

キッチンのシンクの端っこで、

触る者もなく、

形を無くして行く生ゴミの様に、

朽ちて腐敗して行った。

 


そうして過ごした期間(とき)が

どれだけ経ったのだろうか、

落としていた視線の先に、

白くカビてだらしなく汚れた

足の指先が落ちていた。

その時に何を考えていたのかは、

全く解らない。

極普通に、自然に、名前を呼んだ

積もりだったが、

声はしゃがれ、生乾きのタンが

喉を塞いでたのかも知れない。

「・ざへ・・・・・ざへ」(みさえ)

声と言うよりも、唸り声に近かったろう。

ゲホゲホ、ガァガァと咳込み、

少し意識が遠退いたのだろうか、

また、無意識に、

「足の爪を切ってくれないか。」

今度は、少しはましに言葉になっていた。

 


カビ臭い空気が静寂を押し潰していた。

返事はなかった。

物音一つしないマンションの一室で、

俺はみさえの返事を待ってみた。

耳に入って来る音は、己れのざらついた

呼吸音だけだった。

(出掛けたのかな?)

体が思う様には動かなくなってしまって

いた。

畳に着いた手が、上半身の重さを支え

られずに倒れてしまった。

ゴソゴソと死に損いのカナブンの如く

畳の上を這いつくばった挙げ句、

やっと立ち上がる事が出来た。

 


窓の遥か眼下には、蒲田駅のホームを

蟻ん子の様に人々が蠢き、

行列にならない不規則な動きをしている。

ゴミの様な蟻ん子を隠す様に、

京浜東北線がゴソゴソと突っ込んでいた。

 


そうか、買い物に行ったんだな。

駅前のアーケードにでも出掛けてるんだ。

眺めている無機質な風景が、

途端に華やいだ様な気がした。

ほんの一瞬。

ごく僅かの一瞬だけだが、

日常に戻った気がした。

だが、次の瞬間から突然に景色が

揺らぎ、流れ出したのだった。

 


あれれ、なんなんだ。

蒲田駅が揺れ動いて、良く見えない。

窓ガラスがぐにゃぐに歪み、

流れ落ちて行く。

鼻の中を暖かい鼻水が止めどなく

通過しているのが分かった。

と、同時に頬を伝わり流れる涙。

乾いてガサガサになり、ひび割れた

唇に涙が沁みた。

口の中に埃っぼい、苦味が広がり

嫌な臭いがする。

 


膝の力が抜けて、ベッドの縁に

崩れる様に座り込んでしまった。

頭を項垂れると、ぽたぽたぽたぽたと

パッキンが壊れた水道の蛇口の様に

涙が流れ落ちていった。

 


どうしちまったんだろう俺は、

悲しくもなければ、淋しくもないのに

泣いている。

なんで泣かなければ成らないんだろう。

どうして俺は泣いているんだ。

何故泣く、何の為に泣く。

どうしたんだっけ?

何があったんだっけ?

 


頭の中が真っ白で何も考えられない。

何も考えたくもない。

何もしたくなかった。

けど、この無感情で流れ出てる涙の

訳を知りたくもあった。

どうしちまったのかな?俺は。

こんな汚れた不潔な部屋で、

何をやってるんだろう。

ここは、何処だっけ?

 


食べ散らかした食パンの屑がカビている。

カップラーメンのつゆの油が白く塊に

なった上に埃が被っているのだろうか?

噛り散らかしたリンゴの様な物体が、

幾つか転がってる。

サラミらしき塊。

 


だけど、ここは俺の部屋だった。

確かに、俺の部屋だ。

ゴミ屋敷の様に汚れ果ててはいるが、

俺が暮らしている部屋に間違えは、

なかった。

 


なんなんだろう、この虚脱感は。

生きている気がしない。

何をしていたんだろう。

こんなゴミにまみれて、たった一人で。

 


たった一人で・・・・・・・

あっ・・・・・

そうか、

 


俺はみさえと

 


別離れたんだ。