「淋しいよ」声が聞こえた気がした。
それでも、話しをしている彼女の口から語られているのは、たわいのないいつものショッピングに出掛けた時の話し。
気に入ったスカートを見付けて、店員さんとの会話がちぐはぐだったとか、値段が高い割には、素材が良くなかったとか。
数日前の夕食に食べたパスタの麺が固かったとか、電車が遅延して駅のホームが溢れかえって疲れちゃったとか。
取り留めのない、日常の出来事をなるべく感情を込めて、そこで私は暮らして居るんだと俺に説明をするかの様に、次から次へと話題を変えて話して行く。
耳に当てたスマホからは、近くで掛かっているテレビドラマの音らしき会話が聞こえている。
俺はただただ彼女の語る出来事に、時々掠れた声で相槌を打っているだけで、彼女の日常を聞かされているばかり。
特に質問をする分けでもなく、完結しては場面の変わる話しに耳を傾けて、ちゃんと話しを聞いているよと言う意味で相槌を打っている。
楽しかった、疲れた、嫌だった。
俺が彼女と会っていなかった、それ迄の日々の暮らしの全部を語ろうとしているかの様に、彼女の説明は続いていた。
俺がスマホを握っている左腕が疲れてしまい、持ち手を替えるその僅かな瞬間を彼女は待っていたのだろうか。
まるで目の前で見ていたかのタイミングで、耳を離れたスマホが鼻先で呟いた。
「淋しいよ」
つまり、今迄の矢継ぎ早に、饒舌に語り続けていた彼女の日常の出来事は、
たったこの一言だけを伝えたかっただけだった。
それからの右の耳には、地方のテレビ特有のローカル色豊かなCMの音楽に紛れて、時折鼻をすする音しか聴こえて来なくなった。
俺は、また一つ、意味のない相槌を打った。