toshimichanの日記

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空き缶

道端に転がっている空き缶を蹴る様に、
俺は投げやりに「さよなら」と放った。

けたたましく
カランカランとアスファルトの上を
飛び跳ねながら、
空き缶は
俺から遠ざかって行く筈だった。

なんの未練もなく、
大した思い出すら残さずに
去り際の一瞬に
幾つかの捨て台詞でも
吐き散らし
背中で足音を数えれば
終われる筈だったんだ。

空になった空き缶に
未練などある筈はなかった。

突然に、
掴まれた腕を
思いもよらぬ温もりが包み込み
肩口から射し込まれた素早い掌
抑えられた顔に
容赦なく浴びせ掛けられる唇

逃がさない。
離さない。
別れない。

ねっとりとした
生々しいルージュの滑り音と
この女特有の低音が
ディソナンスを奏でて
俺の思考を書き換えようとしている。

空になった空き缶に
未練などある筈はなかった。

いやよ。
好きよ。

脳幹に突き刺さる不快な囁きが
振り解こうとする腕の力を失わせ、
女の意思がずけずけと浸透して来る。

もう要らない。
そう思った俺の判断に
間違えは無かった。

空になった空き缶に
未練などある筈はなかった。

朱色のカラコン
間近で真っ直ぐに
俺を見据えている。

空になった空き缶に
未練などある筈はなかった。

この女の体の柔らかさに
抱き締められた窮屈さが
脱力した俺を
餌食にしようとしている。

空になった空き缶に
未練などある筈はなかった。

押し付けられた恥骨が
まるで催眠術にでも掛けられた様な
不思議な陶酔感をもたらし
意識が一物へと集中してしまう。

そうだ、この女は、

行き場に困った一物が
大気の下へ曝される解放感の直後に
一物の根元に前歯が当たり
狭く絞り込む窮屈な快楽に包まれた。

空になった空き缶に
未練などある筈はなかった。

やがて吐き出された反吐が
アスファルトを汚し
空になった空き缶の中に
俺の欲情がぶちまけられた。

俺には
空になった空き缶に
未練などある筈はなかったんだ。






脳ミソがまるで赤味噌の如く黒ずんでしまいました。
お盆休みの初日、こんな末裔を残してしまったご先祖様は、もしかして帰って来てくれるのでしょうか。