中学一年の時に、生まれて始めて彼女と呼べる存在ができた。
切っ掛けは、極単純な理由だった。
俺の住んでいる場所は、野山に囲まれてはいないけど、そこそこの田舎町で小学校は、各学年一クラスしかない小さな小学校だった。
つまり、小学校に入学してから卒業までの六年間にクラス替えなどと言う顔ぶれの変化がなく、転校生以外は六年間を同じ教室で学び育って来たのだ。
言わば、クラスメイトとは、幼馴染みの様な、遊び友達の様な存在だった。
そして、中学校へと進学をしたら、突然のマンモス中学校で、クラスメイトは皆ばらばらにばらけてしまい、同じ小学校出身者はほんの3~4人しか居ないと言う心細さ。
とは言え、遊び盛りの中学生である。
一ヶ月も経たない内に、同じクラス内に友達も出来たり、二ヶ月もすれば、他のクラスとも同じ小学校の友達伝いに新しい友達繋がりなんかも出来始めたりしていた。
そんな、マンモス中学校の新生活に馴染み始めた三ヶ月も経たない頃の事だった。
同じ小学校だった、とある女子が放課後の人影が疎らになった教室の隅っこで突然俺に近付いて来て、俺に手紙を渡してくれたのだ。
その女子とは、なんと小学校の頃に好きだった、あの小学校の中では人気ナンバーワンのめっちゃ可愛い女の子だったのだ。
ドチャクソ緊張しまくった。
だって、中学で同じクラスになれたとは言え、相手は女子で、しかも可愛い。
おな小だから、それまでは普通に話しは出来てはいたものの、人影が少なくなった教室の隅っこで、隠れる様に手紙を渡されるなんて、パニックに陥って当たり前のシチュエーションだ。
「こんな場所でごめんね、小夜から手紙を預かっちゃってね、貴方にどうしても渡して欲しいって、これ。」と。
可愛いらしい柄の絵が描かれた便箋を渡されたのだった。
「ああ、確かに小夜は市川さんとはずっと仲良しの友達だったよね。」
一番可愛い市川さんは、余り可愛いくない小夜とは親友関係だった。
そして俺は、その可愛いくない小夜とは何故か気が合い、小学生の頃はずっと仲良しだった女子だった。
しかし、小夜とはマンモス中学校ではクラスが別々になり、この三ヶ月間はほとんど顔も見掛けない様になっていたのだった。
「なんなの?これ。」
市川さんは、なんとも意味深な微笑みを浮かべながら、上目遣いで俺を見ながら、
「返事が欲しいんだって。」とだけ良い残して教室を出て行ってしまった。
(なんなんだよ、市川さんが俺に話し掛けて来るから嬉しかったのに、小夜からの手紙かよ。
てか、市川さんはやっぱり可愛いよな。
同じクラスになれてラッキーだぜぃ。
じゃなくて、なんだよ、小夜からの手紙ってさ、別に用はないぞ、あんなブスには。)
手渡された手紙をカバンの中に乱暴に押し込んで、俺は家に帰ったのだった。
手紙には、
「今まで、ずっと毎日一緒に過ごして、当たり前に側にいて、いつでも話しが出来ていたのに、中学に入って俺が居ない教室で過ごしているのが寂しくてしょうがないので、放課後にでも一緒に帰りながら話しがしたいです。」の、様な内容が記されていた。
もしかしたら、これはラブレター的な?
あの小夜が、俺を好きだと言ってるのか?
複雑な心境だった。
ほぼ可愛いくない。
女子ではあったが、女としての魅力は感じた事はなかった。
確かにスタイルは良くて、おっぱいも目立ち始めてはいたが、そんな目では見た事はなかった。
要するに、身近すぎる女友達。
言わば、幼馴染み。
だとも言えなかった。
何故なら、小学校では毎日6年間を一緒に過ごして来たと言うのに、離れ離れになったからと言って、特に意識の中に彼女の存在は全く居なくなっていたのだから。
全くもって恋愛対象ではなかった。
なので俺は、貰った手紙がラブレターもどきの内容であったにも関わらず、返事を書く気にはなれずにいたのだった。
俺に取って、その時点での彼女の存在はその程度でしかなかったのだった。
返事も書かずに何のリアクションも起こさずに数日をやり過ごした放課後だった。
校門を出たばかりの小路を4~5人でバス停へ向かっている女子が俺の前を歩いているのが視界に入った。
明らかに、市川さんと小夜とその取り巻きの軍団だった。
「ヤバい」
今日の俺は一人ぼっちだった。
なにぶんにも、女の子には持てた事のない醜男の俺は、4~5人の女子と渡り合うだけの話術や社交性などは持ってはいなかった。
一瞬、足がすくみ立ち止まり、あわよくば物陰ににでも隠れてしまおうかとも考えた。
だがしかし、時既に遅し。
市川さんが俺に気付き、指を指して小夜に何かを話している。
その直後に、回りの取り巻きは足早に先に先を急ぐ様に去って行く。
小夜をポツリと残し、市川さんが俺に向かって、すたすたと近寄って来る。
バクバクと心臓が高鳴って、俺は逃げてしまいたくなっていた。
「ねえ、一人で帰るんでしょ?
だったら、小夜と一緒に帰ってあげてよ。」
まぁ、確かに六年間も同じ教室で、しかも、そこそこに仲良しだった小夜なので怖くはなかった。
だが、あの内容の手紙を、あの小夜が書いたんだと思うと、小夜も女なんだなと、改めて意識をせざるを得なかった。
「あっ、別に良いけど」
極めて自然に返事を返した積もりだったが、明らかに俺は動揺していた。
「あのさ、市川さんも一緒に三人で帰らない?」
どさくさ紛れに出て来た言葉だった。
小学生の時からの憧れの可愛い女の子だった市川さんが、これ程までに親しそうに話し掛けてくれる様な事は、今までにあまりなかった気がしたのだ。
なので、ともすれば、この小夜との出来事を切っ掛けにもしかしたら、などとゲスな考えが頭の中をよぎったのだった。
「何言ってるのよ、小夜の気持ちを考えて上げてよね。
ちゃんと話をして、小夜の気持ちを受け止めて上げて欲しいのね。
私は、違う道を歩いて帰るから、小夜と二人で帰ってあげてね。」
そう言うと市川さんは、小夜に向かって手招きをしたのだった。