toshimichanの日記

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瓶詰めの妖精 1

街中をぶらついていたら、ふと目に着いた雑貨屋があった。
そう言えば、いつも食卓の中央に置いてある一輪挿しが、大輪の花を飾ると見た目のバランスが悪そうで、実際にもおだまきや八重咲きのダリア等を飾ると倒れてしまいそうで不安だったんだ。

花を飾るのは、気持ちの安息を得る為なのに、妙に不安定でアンバランスな構図になってしまっては、心の安息を得られる所か、その見た目の据わりの悪さに違和感を抱いてしまうし、飾られた花に対しても、その命を投げ出して観賞される立場としてみれば、不本意な出で立ちに違いなかった。

その為にも、もう少し低重心の安定した形をした、花を邪魔しないデザインの一輪挿しを探していた事を思い出したのでふらりと立ち寄る事にしたのだった。


通りに面した店構えは、明るいパステルカラーを基調にした明るい近代的な外観をしていたのだが、
店内に一歩足を踏み入れた途端にその雰囲気はガラリと変わり、内装に施されている全体的な雰囲気は妙に古めかしくアンティーク調に統一されていて、外観の明るく人を誘い込むデザインからしてみれば、ちょっと騙された感が否めなかった。

入り口付近に展示されている物と言えば、昭和を彷彿とさせる様な水色とも灰色とも着かない塗装色をした金属感溢れる扇風機や、いかにもブリキにメッキを施した安っぽさを強調したはね上げ式のトースターなどのレトロ感を無理に演出した電化製品が、驚く程の高価な価格で並んでいたのだった。

実際にここに並んでいる小物家電を購入して、その目的とする機能が使えるのかが疑問に思えてならなかったのだが、インテリアとしての飾り物にしては、見た目のあんちょくさと価格の高さが見合っていない気がして、俺には、その価値感の置きどころに疑問を感じずにはいられなかった。

そのなんとも言えないガッカリ感を胸にしながらも、更に奥へと足を進めて行くと、目当てとしていた硝子製品が並んでいるコーナーが視界に飛び込んで来たのだった。

天井からは、ガラス製の一尺程のブイが不規則に並んで、その中に電球が仕込まれた照明がなされ、その不均一なガラスの厚みを透過する不規則な明るさが商品の硝子製品をより一層に疎らな煌めきを演出していて、その一角だけは特別な異世界感を醸し出していたのだった。

首の部分をにょろりと伸ばされたワインボトルやシャンデリアにぶる下がっている様な多面カットされたクリスタルガラスの暖簾的な飾り物。
はたまた、燭台に使うのであろう、どろどろに溶けて流れ出している様な球体のコップやら無気味な形をしたランタンなど、
とてもサラリーマンやOLさんなどの煩雑な日常生活の中では、使わないであろうと思われるおどろおどろしいデザインの物が並んでいた。

そう、俺は一輪挿しを探しにここに入ってきたのだった。

どことなく黒魔術の道具感が漂っている、異世界から一歩離れて俺は花瓶が並んでいるコーナーへと踵を返したその瞬間だった。


何に使うのか、その使用目的が分からない小瓶が乱雑にずらりと置かれた棚が店の一番奥角に陳列されているのが目に付いたのだった。

その小瓶は、大きい物でも高さにして15センチ位で容量的にも150ミリリットル位の物で、そう、丁度昔で言う所の牛乳瓶位の大きさの、色々な形と実に色とりどりのカラフルな小瓶達だった。

その中には、正に牛乳瓶の様な形した物やただ単純に寸胴なコップ的なものや、ミニチュアの洋酒ボトルな様な物もあって、そのレイアウトは実に楽しげな雰囲気を作り出していた。
その小瓶のどれもが俺の探し求めている一輪挿しの用途には耐え難いサイズと形状だったので俺はその賑やかで楽しげな棚に背を向けて目的の一輪挿しを探す為に歩き出そうとしたその時だった。

「ねぇ、ねぇ、ちょっと待って貰えるかなぁ。」

ほんわかと暖かみのある、春の草花が喋り出したかの様な声が突然俺を呼び止めた様に感じたのである。

俺は咄嗟に振り返り、その声がしたと思われる棚付近を眺めて、その声の主を探したのだった。

しかし、そこは店の一番奥のどん詰まりで、小瓶達がディスプレイされた棚があるだけだった。
そんな場所にとても人の入るスペースなどは全くなかった。
もしかしたら、人感センサーか何かで動きを察知して、スピーカーで客足を引き留める為の仕掛けがしてあるのかも知れないと思い、その声を出したであろうスピーカーを探してみたのだった。

しかし、それらしい物を見付ける事が出来ずに、俺はあっさりと諦めてまたその場から離れ様と向きを変えた時だった。
また再び、その声が聞こえて来たのだった。

「ねぇ、お願いだからちょっと待ってよぉ。」

少し高めのハイトーンな明るい感じの女性の声が、今度はハッキリと頭の中に響き渡っていたのだった。

その声は、機械的に作られたスピーカーから発せられる様な一方向から向かって来る声ではなく、
明らかに俺の脳内へと直接に響き渡るテレパシーの様なはっきりとした明瞭な音声だったのだ。

「ん?誰。」

俺は思わず声に出して返事をしていた。

「ここよ、私はここにいるのよ。」

脳内に直接響く春風の様な暖かく柔らかな声色だった。
俺はその声の主が人の声ではない事に気付いた。

なんなんだ、この違和感は、
方向性のない声が直接的に頭の中に聴こえて来るなんて。
俺は動揺していた。
聴こえるはずのない女性の声が脳内に入り込んで来るなんて、そんな病気があるなんて知らなかった。

「ねぇ、もしかして、私を怖がっちゃってれのかな?」

はっきりとした、それでいて暖かみのある優しいほんわかとした柔らか味のある響きが、頭の中で呟いている。

思わず耳を塞いで目を閉じてみた。

「私は、貴方の直ぐ後ろにいるんだけどな。」

なんなんだろう。
その声を聞いた途端に気持ちが落ち着き始めたのだった。


「ずっと、ずぅ~っと、ここで私は貴方を待っていたんだよ。」

気持ちが軽やかに解放され、
柔らかく響き渡る声が心を支配して行く。

俺の脳内でいったい何が起こっているのだろうか?
この、今までに感じた事のない安らかで落ち着いた心の安らぎ。

「この俺に何が起こってるのかな?」

ありふれた疑問を心の中で唱えてみる。

「そのまま振り返ってみてよ。」

声が言い終わらない内に、俺は後ろを振り返るのだった。

「私の姿が見えるよね。」

沢山の小瓶が立ち並ぶ、その棚の右端に一際目を引く真っ青に輝く小瓶が俺の視線を釘付けにするのだった。

深い青色が放つ、何処か懐かしさを感じるような輝きを纏った小瓶。
「そうそう、それが私だよ。
やっと見付けてくれたね。」

その声と共に、青い輝きが揺らめきながら語り掛けて来るのだった。
俺は無意識にその小瓶を手に取っていた。

吸い込まれる様な深い青をしたガラス製の小瓶は、まるで体温を伝えて来ているかの様に俺の手のひらに温かさを感じさせるのだった。

「ねぇ、中を良く見てよ。
私は中に居るんだよ。」

俺は言われるままに小瓶をライトにかざして、中を凝視したのだった。